読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

薄いログ

ブログの体をなさない多目的意識高い系サイトになります

おもひでぽろぽろの原作を買おう

おもひでぽろぽろは名作である。

 

 …というのはともかく、実際の所おもひでぽろぽろという作品が活劇描写や王道展開に定評のあるジブリ作品、それも「もののけ」以前のなかではかなり異質な存在なのは否めない。その分、考察の量も少なく知名度もかなり低い。高畑勲だしね、しょうがないね。

 ちょっとジブリ齧った程度の人だと高畑勲は宮﨑駿の稼ぎを食いつぶす男というイメージで定着しているそうだ。実際そうだと思う。だがちょっとまってほしい。おもひでぽろぽろは大々的な宣伝のおかげもあって公開年の配給収入では邦画1位なのだ。まあ実際前後の魔女の宅急便紅の豚と比べるとはるかに低いけど。それでもその年の「ドラえもん」より見られた映画なのだ。まあかぐや姫だってそうだろうけど。ともかく、おもひでぽろぽろをリアルタイムで見ていた人というのはそれなりの数存在していたわけである。要するにおもひでぽろぽろとは押井守作品のような一種カルト的熱狂*1とは異なり、わりと観に行った人が多いのに語られていない存在になっている。 

タエ子、ビンタされる

 まあかぐや姫の公開にも合わせてここ3年くらいで2回も放送されてる記憶もあるし、なんだかんだでテレビで見た人も多いのではないか。たぶん6割位最初の30分で飽きてチャンネル変えると思うけど。それを耐えると問題のビンタシーンが登場する。

 こんな記事にたどり着いておいておもひでぽろぽろを視聴していないという人はまずいないだろうが思い出すためにあらすじを記すとこうである。

 あれこれほしいとねだるタエ子。次の標的は姉も持ってるエナメルバッグ。でも姉にそれをいびられたので反発してエナメルバッグなんていらない!と宣言しちゃったので父親からも諦めるよう言われて絶体絶命である。当時まだ特別行事だった外食の日になってもハンドバッグがないから行かないと言うのであるが、(見るからにイヤイヤそうな)姉から渡されてもやっぱり反発して行かないと。それで本当に出発しそうになるからタエ子は思わず裸足で玄関に飛び出しちゃうので父親がすかさずビンタ。おわり。

 ひっでえ子供だ。俺だってここまでひどくはなかった。まあ甘やかされてただけかもしれないけど。ただ父親のビンタがあまりにも強烈なのと映像描写が巧み過ぎる(場面のラスト、カメラが引くのではなく”画面”が引くのである!)こともあり随分印象的なシーンになった。それで、数少ないおもひで考察の大半は「なぜ父親はビンタしたか」に終始するわけである。

  「タエ子のわがままが過ぎたから」というのが一般的な見解で、実際あのシーンの駄々こねっぷりは凄まじかったのであるが、よくよく考えたら俺だってみなさんだってああいうワガママを発揮したことくらいあるはずである。ないのならさぞ育ちがいいんだと思います。よかったですね。というわけでワガママが引き金になってはいけないんです。第一父親が手を上げたのは後にも先にもこのときだけであり、ワガママ自体は全編を通して存在する。女優のシーンも父親に直訴してれば、上述の理論なら間違いなくビンタだっただろう。

原作買えばいいんじゃない?

 で、疑問に思ったんですけどなんでみんな原作コミック買わないんですか?買ってるよ勝手に決めつけんなゴミ!って人もいると思うんですけど原作読んでたらワガママが原因とかそういう結論には絶対ならないので、はい。大きめの書店で売ってました。俺は確か梅田の丸善で買いました。全編+オマケで402p1800円+税。お得です(?)まあ出版元の青林堂が今やジャパニズムとか刊行するようになっちゃって帯のところにも「日本人にとって豊かさとは何かを再び呼び覚ます…」とかあって若干香ばしいんですがそういう人は帯だけ取れば中身は漫画だけなんで大丈夫です。右翼出版社にお金なんか落としたくない!って人は適当に中古で買えばいいんじゃないんですか?ていうか初出が週刊明星で天下の集英社だったのになんでガロ時代の青林堂に版権が回っちゃったんだろう?一度集英社文庫からも出てるみたいなのに。こういう版権のカラクリは知ったこっちゃないですね。

 まあそんなわけで愛蔵版を手に入れれば当該項目を参照するだけです。読めばわかりますがいかに映画版のおもひでシーンが原作に忠実だったかわかると思います。あとキャラデザも忠実です。耳すまより忠実だよ!

 というか意外と映画で描かれなかった回があって面白いです。石ノ森章太郎の家に勝手に行ってサインねだるシーンとか。石ノ森先生がめっちゃ迷惑そうにしてるのが最高でした。

 そんなわけで1800円(+税)の価値はこれだけでも十分あるわけですが、問題のビンタ回を見ましょう。表題は「ワガママ」。そりゃこの回でタエ子がワガママ言わなきゃおかしいわな。途中は全部映画と同じです。で、問題のビンタ後。映画ではナオ子とトマト収穫しながらエピローグ的にタエ子本人が語っていますが、こっちではちゃんとおもひでシーン。でもモノローグがちゃんと書いてありました。以下「おもひでぽろぽろ 愛蔵版(青林堂)」より引用。

ひょっとして父は…

タエ子のワガママにいまさら腹を立てたのではなかったのかも知れない

はだしで飛び出すというそのみっともなさ あさましさに激怒したのではなかったろうか

ワガママでもいい

凛々(うつく)しく

育ってほしい…

それが父の美学だったのかも知れないーー

 あ、答えじゃん。

 以上、終わり。

 というのもぶっきらぼうでよくないので。

 見てきた考察の中には、「父親はワガママには甘いがしつけには厳しい」というようなものもありました。「ワガママ」が×ならこれは△ですね。でも原作のない状況で引用部分を完全に引き出せる人がいたらそれはエスパー。映画にはそこまで推理できる材料はなかったし。でもまあ、このモノローグをそのまま映画で言っても冗長だよな。

 ともかく父親には父親なりの価値観がある、という話でした。というのも、女優編と合わせて「この頃はまだ男尊女卑が云々…」というのがあって、まあ夫婦関係は完全にそうだけどビンタや女優でその断片を覗けるかと言われるとバイアスがかかってる気がして煮え切らない気分でしたので、父親の名誉回復(?)としてですね…。ビンタの夜、なんとも言えない表情で窓の外を眺める父親が印象的です。結局父親の意見が通っちゃうのが前時代的ですけどね。

 

追伸というかおまけ。

分数の割り算で母親に「フツーじゃない」とまで言われたタエ子ですが(1年後のテストは5点でした)、1年後の5年生ではちょっとだけ成長します。ていうかタエ子でも中学受験をするのです。そういう時代だったんですね。で、相変わらずタエ子は秀才のヤエ子にいびられながら算数に悪戦苦闘しているのですが、なんとタエ子は自力で通過算の理屈を理解してしまうのです。良かったですね。2ヶ月後にまた赤点取ってるらしいけど。そう考えると映画版のタエ子がバブル前なのに都会でOLしてるのもまあ納得できますね。めでたし。

*1:ごめんなさい。