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薄いログ

ブログの体をなさない多目的意識高い系サイトになります

東山ルヴォワール

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東大路通という名はあれど、地元の人は東山通と呼び、交差点も東山の名を冠し、そして平安の東京極ですらない。一体何を以て東大路などという仰々しい名前を付けたのか。

なんとなく、それを匂わせるものは難しい本を読まずとも、ある。今の叡電元田中駅を中心とした東大路の一帯は「田中京極商店街」という名前が一応、ついている。平安京で東の果てらへんだった寺町通が「寺町京極」という名を持っている事を考えたら、ここらへんがいつかの時代に京の端っこだった事があった、ということである。

ともかくは東山通の名に相応しく、東側に有名な寺が連なる東山を擁し、市バス観光バスレンタカー歩行者と様々なあれこれが行き交いしかも道路幅が思ったより狭いのもあって京都市内でも中々の賑わいを見せる。これなら東大路の名に恥じぬ、 かもしれない。尤も、南禅寺周辺から北に伸びるより東の白川通も相当活気のある通ではあるが。

この東山通を、東一条らへんで両側で挟み込む大学があって、そこに通う下宿生は期間に差はあれどいつの間にか東山通マスターを自称するという。しかし彼らが勝手を知っているのは南は精々祇園辺りまでか、それか京都駅に向かう市バス206系統が走る東山七条までであろう。北の方は、最近拉麺で有名になっている一乗寺があるから高野より北もそこそこ知名度があるが、それでも北山通で突き当たる事を知る余所者はかなり少ないだろう。(北山通なんて名前があるからさぞ北大路なのだろう、と勘違いしてしまうが、南に別の北大路が存在する!)それもそのはず、余所者にとって七条以南とは知らずとも生きていける場所であり、泉涌寺などの名刹もいざ知らず、折れ曲がって九条通になることなど、精々グーグル・マップで確認できる程度の問題でしかないのである。

三十三間堂国立博物館で有名な東山七条を抜けると、鴨川以東にはもはや存在すらしていない六条を飛ばして五条の大きな高架橋を潜る。清水の人でごった返し、マトモに運転はできぬ。五条坂に差し掛かる前に大谷本廟という名前の、やたらと大きく荘厳な一帯があるが、下宿生はそこが何かもわからずに大学を卒業し京都を巣立っていく。

清水の喧騒を越えると中々のアップ・ダウンを経ながら、一部の方々には定評のある安井金比羅宮が左側に現れ、賑やかなのはいいとはいえここに人が集まっていると何とも言えない気分になる。清水と祇園という、京都市街といわれて観光客が速攻で出してきそうなメジャースポットに挟まれて、噂が噂を呼んで生まれたミステリアスでブラックな神社があるわけで、流れ込んできてもおかしくはない。

祇園、これまた騒がしく混雑する地帯を過ぎると知恩院が右手に現れる。そこを過ぎると東山通の渋滞はだいぶ緩和され、心に余裕を持った状態で三条通に入ることができる。ここを右に曲がると南禅寺、蹴上など琵琶湖疏水に縁のあるエリアに進む。もう少し進めば平安神宮などの岡崎公園であり、神宮だけでなく美術館や図書館に劇場、足を伸ばして京都市動物園とあるので、観光客と文化人気取り、それにファミリーも押し寄せるレジャースポットと化し、パビリオンとして作られた平安神宮に頭を垂れてお祈りをし、有名画家の特別展には列をなし、丸でベルトコンベアで運ばれているかのように順序よく絵画を見てはへぇほぉと言い、子どもたちは無邪気に動物を眺める。

 そこからは特に面白みもない光景が続き、丸太町を過ぎると両側に大学が見えだすがこれといって面白いものもない。そこから先はさらに面白くなく、もうベタな観光客にとっては殆ど価値を持たないゾーンに突入し、呼応するかのように高野で道は狭くなる。そして一乗寺に散在する拉麺屋の行列を掠めながら、東大路は北山通でひっそりと終点となる。