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笛吹大学物語

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私は名前を笛吹と言います。あ、碓氷じゃないですよ。このブログの管理人じゃありません。

私、晴れて日本2番と名高い名門大学に入学することが出来たのですが、どうも大学生活に不満を感じております。

勉強が出来ないとか、思ってた学問じゃなかったとか、そういうことじゃあないんですよ。

それ以外が楽しくないんですよねぇ。

◆  ◆  ◆ 

どうも私、人との会話が苦手なようで、おまけに流行りのことも何も知らない。あと笑いのセンスも他の人と少々テイストが違うようです。これは困りました。私、大学に入ったら少しは楽しくなると思ってたんですが。もっと自分に近い人と巡りあってもおかしくないなー、と。そういう期待をこめていたのですが。はてどうしましょう。

今私は共同館の西棟脇の緩やかな坂道を登っています。この道は食堂や売店に続く道なのでどうも人が多くてかないません。私はあすこの食堂はめったに使いませんねえ。一人で食べるのは大丈夫なんですが、そこで知ってる人と会うとどうもばつが悪い。ちょっと前までは共同館の地下に売店があったのでパンを買いに行くのも訳はなかったのですが、拡大移転してしまってからはそこにも行かなくなりました。パンのために歩く気にはならんのです。

そういうわけで、2限明けの食堂へ向かう雑踏の流れに逆らうように私は歩いていました。3限がないのをいいことに家で悠々と昼餉としよう、と目論んだわけですね。

人気のない駐輪場で自分の自転車を探していた時に、聞こえたのですよ。
あなた…あなた…聞こえますか…?
所謂神の声ですね。

でも神の声にしては変です。ムハンマドが神からの啓示を受けたのは洞窟での瞑想の最中でした。比べて私は駐輪場。これでは私はただの特殊な人です。
いいえ…あなたは特殊な人じゃあありません…
お、ならありがたい啓示を賜われるのでは無いでしょうか。
いいえ…主なる神は貴方に啓示を齎すのではありません…
 これには参りました。私が聞いているのは幻聴でもなければ啓示でもないそうです。果たして何なんでしょうか。あと、主なる神といいますが私は基本的に宗教を意識していないとはいえ自分が一神教だと感じたことはありません。果たしてこの主なる神とはどういう神なのでしょうか。

とりあえず「このまま聞いていてはいけない」という理性が働きました。実に正しい判断だと思います。徐ろに鍵を外すと私は自転車に跨って出口へ漕ぎ出しました。

 交差点までの通りはそこそこの広さの歩道があるのに自転車は車道を走らなければなりません。実に煩わしいです。
さあ、そろそろお話しましょう…
車道走ってるのにしゃべらないでください! 家帰ってから!
承知しました…
家政婦かよ。
 
完全にイカれてしまった、という自覚が自分にもありました。できれば二度と聞こえてほしくなかったほどです。というかこれ以上聞こえたら今イカれてなくてもいずれイカれます。

その帰り道は散々なものでした。出会い頭におじさんとぶつかりそうになる、路上駐車を避けようとしたら後ろのワゴンにクラクションを鳴らされる、アパートの軒先にいた猫を撫でようとしたら逃げられる、等々。はっきり言って祟りです。 

おもわずため息を吐きながら私はドアを開け、洗濯機のスイッチを入れました。 今日は雲行きが怪しいので数の少ないバスタオルは別途乾燥もします。そしてその後はお皿洗いです。ここでも不運は続きました。オリーブ油が皿の底に溜まっていたのを放置していたらプラスチックのボウルに色が写って黄緑っぽくなってしまいました。これも非常に辛いです。
そろそろ宜しいですか?
そういえば何故この変な声は私のことを名前で呼ばないのでしょうか。より不思議です。
簡単です。貴方につけられた名前とは人にとっての識別符号に過ぎません。一定の発音互換性がある言語ならともかく、日本語の発音が不可能な人にとってはその名前は貴方を示すことにならないのです。人間以外ならなおさらです。それに人には戸籍上の名前以外にもハンドルネーム、筆名、渾名など様々な別呼称があります。とどのつまり貴方をいかなる名前で呼ぼうともそれは貴方をピンポイントで指す事ができません。
なるほど。イカれた声から初めて筋の通った論を聴くことが出来ました。満足したのでじゃあ話を続けてください。
貴方は大学という組織に入って以来、高校の時のような惨状だけは逃れたい、いや逃れられるに決まっているという期待ばかりを膨らませて一月半を過ごしてきました。ところが貴方はその狷介な性格が災いして見事に友を作り損ね孤独という淵を深めるだけの拷問に自らを追い込んでいます。何が原因か分かりますか。社交力を持つ他人を目の敵にしてはいませんか。自分に適合する人をひたむきに待とうとはしていませんか。それではだめなのです。問題は貴方の中に存在します。貴方は狷介な性格を自らのアイデンティティとでも捉えてるのでしょうが、アイデンティティとは自己同一性というイマイチ意味の分からない訳語を真に受けて自分で自己承認をすることではありません。ですから性格でアイデンティティ、などといった短絡的な誤りをすぐにやめなさい。他人を目の敵にするのは自分を良い方向に修正しようという気概がなく、適合者を待ち続けるのは自ら相手を探そうという意志がないからです。まとめて言うと貴方には能動性がありません。与えられるものだけで生活するのは高校生で終えたはずですよね。ですからすぐにそういう方針を改めることを推奨します。
なんということでしょう。私は何処と無く聞こえてくるイカれた幻聴に説教を受けているではありませんか。なぜこんな訳知り顔の説教を聞かなければならないのでしょうか。というか声の主に顔などあるのでしょうか。
真面目に聞きなさい。貴方がこのまま態度を改めなければ、この壊滅的な状況を打破することはほとんど不可能に近い、ということです。このままでは貴方は他人に会い、他人の顔を見、他人の声を聞き、他人と語らい、他人に苛立ち、他人と喜び、そしてそういった他人に何かしら感じるといったことすらできなくなります。
「大脳皮質がなかったら」みたいな仮定の時の話で同じようなこと聞きましたね。懐かしい。 
真面目に聞きなさい!
というか、これは啓示ではないのですか?
どこまでも口答えをする人ですね。ここまで愚かしい者も珍しい。いいでしょう。いずれ窮地に立たされ、主なる神かカルト宗教かのどちらかを選ばざるを得なくなるはずです。しかし貴方のことだから必ず神を選びます。そして神へ最大限の祈りとともに懺悔をするはずです。―――なぜあの時指示に従わなかったのか、と。
うーん、私は神社でのお祈りがメインなので、多神教にシフトしてもらわないと困りますね。というか神とカルト宗教って差異無いのでは?
黙りなさい!神に懺悔できないのなら今行動を改めたらいいだけの話でしょう!
黙って欲しいのは当然私も同じでした。これ以上意見が拮抗していたら本当におかしくなりそうです。ええと、今聞こえている声はどうやら主なる神の使いか何かのようです。私は主なる神を烏滸がましくも倒す方法をただ1つ知っていました。

昼餉のパスタを沸騰した鍋に入れ、塩をひとつまみ入れます。ある程度時間が経てばパスタは混ぜなくてもひっついたりしないので数分間の猶予が生まれました。私はクローゼットに向かい、親が購入してくれたはいいが未だに使用用途の分からなかったケーヨーデイツーで買ったマキタのチェーンソーを取り出しました。

スイッチを入れると小気味いい音がなります。チェーンソーで物を切るときは破片が目に入らないようにゴーグルを掛ける必要があります。ゴーグルを掛けた私はすべての意志を一つの部分に集中させました。降霊術を用いて主なる神を具体化させます。神側も非常に私に怒りを感じているので降りるやいなや殲滅しにかかってきます。おまけにパスタの茹であがりも気になります。これは短期戦になりそうです。

降臨した瞬間、私は「Sa・Ga」で学んだ「たった1つ、普通の人間が神に抗う方法」を実践しました。

神はバラバラになりました。

イエスは己の血をワイン、肉をパンと呼んだそうですが、丁度アルデンテに茹で上がったパスタをチーズソースと絡め食卓に持ってきた時には、神はスプラッター死体ではありませんでした。その肉はパスタによく合うバゲットに、その血はQooのすっきり白ぶどうになっていました。どうやらワインはワインでも白ワインだったようです。

こうして私は昼休み+3限の150分で実に優雅なランチを堪能しました。バゲットは余ったパスタソースに実に良く合い、これ以上はないというほどの絶品でした。その美味さは「なるほど、これなら神と認めてやらんこともない」と私が感じるほどでした。 

こうして私は最高のランチと引き換えに、その後学部、院に渡るまで壊滅的な大学生活を送るまでに至ったのです。

―終―