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4月に催された新歓イベントで行った演説について

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某大学に入学してからというもの、私碓氷は「学歴で有象無象を浄化してやる」という目論見が見事外れることになりました。当たり前です。大学には自分と大体同じくらいの頭脳と自分と同じ学歴を持つ人たちばかりだからです。それだけではなく、例え学歴という要素を持ったところで、それ以外の要素が決定的に欠けていれば何の意味も持ちません。稚拙な算出になりますが大学での生活の充実度を簡単な数式にしますと、
充実度=学歴×能動性×寛容さ×コミュニケーション能力×諦め×α(αは定数)

となります。このうち碓氷には能動性と寛容さとコミュニケーション能力と諦めがほぼ0に近かったため、結果的に学歴の如何にかかわらず全体の充実度は限りなく0に近似していました。

そして更に悲しいのは既存の関係の瓦解です。高校時代につるんでいた友人たちとは離れ離れになり、この時ほど「まとまった数の学生が同じ大学に進学する高校に行けばよかった」と思ったことはありません。そして受験時代に築いていたささやかなSNS上の受験生同盟は入学後顔と性格が顕になったことで疎遠になり、また同盟相手のSNSでは見えなかった交友関係に碓氷は恐れをなしてその後の付き合いがめっきりと途絶えてしまいました。それでいて大学では先述の数式が真理ですからどう深読みしても「碓氷は新たな交友を構築した」とは言い難いです。とどのつまりマイナスです。

そんな憐れな碓氷にも新歓期のサークル群は優しき手を差し伸べてくれました。これを「それはお前だけのために差し伸べられたのではない」と分析する冷静な方もいることでしょう。しかし道徳的には特定個人に向けられた愛よりも全人類への愛の方が高く評価されます。つまり彼らは素晴らしき功徳を4月というたった数十日の間に積んだことになります。最後の審判を迎えるとき、彼らは如何なる煉獄の苦しみも受けることなく救済されること間違いなしです。

この無類の優しさを仇で返してなどなりません。碓氷にも人としての気概というものがあります。しかしない袖は振れぬ世の中、借金をしてまで寄付をするのは本末転倒です。碓氷には能動性がわずかしか備わっていなかったので、それを振り絞ったところ出来ることはせいぜい「ある1つのサークルの新歓イベントに出向く」というささやかなアクティビティでした。 

こうして出向いた新歓イベント。内容は何てことはない、屋外で軽く飲食をしながら明朗に語り合うという実に楽し気な集会でした。碓氷はなんとか理性を保持しながら明朗の表皮が剥がれるまいと最大限の努力をしていました。お蔭でなんとかこの時は乗り切ることができたといえましょう。

しかし事件は2次会で発生しました。

碓氷には切迫感がありました。1次会の時点でほとんどの体力を使っていましたから2次会に出るなどというのは自殺行為に等しいのです。しかしここですらりと帰ってしまっては大した印象も与えられないまま誰にも認知されずに大学生としての一生を終えること必至です。どちらを取っても死に至ってしまう、このジレンマをどうすればよいのでしょう。B級スプラッターパニック映画の登場人物なら、逃れることのできない運命に発狂してしまいます。そして何が起こったのかわからないまま死にます。映画的には用済みの役は適当に退場させられます。しかし少なくとも碓氷の視点では映画ではないため自分の判断で退場は出来ず、どちらかを選ばなければなりません。やむを得ず碓氷が選んだのは「2次会に出る」でした。

2次会は最初は楽しく始まりました。受験生時代の友人たちと固まって座ったからです。それなりに話も盛り上がりました。ところがしばらくすると席がシャッフルされ、碓氷が落ち着いたのは知ってる人の誰もいないゾーンです。しかも周辺は女性の方が多くおはしました。高校時代、共学とはいえほとんど異性との会話がなかった碓氷は女性の方を喜びあそばせる話題など露知らずでした。しかも向かいの男はなぜか頻繁に女性の方々に話題を振ります。否応なく碓氷も巻き込まれるのです。

この時点で碓氷の脳はパニックに陥りました。「女性の方と会話をしなければいけない」「でも過激なネタは死を招く」……碓氷は正常な思考ができなくなりました。そしてここで碓氷が飲んでいたのは茶でした。現役合格の碓氷は当然成年になど達しておらず、また合法的な倫理観念を備えていたため飲酒などは論外でした。しかしもしここで飲んでいた茶が烏龍茶だとしたら、烏龍ハイと成分が近似するためアルコールが含まれていなくても偽薬的効果を発揮したかもしれません。麦茶でも同じでしょう。ビールは麦から醸造されるからです。

こうした混沌とした脳内状況と偽薬的効果が重なった結果、碓氷の脳内ではドーパミン等、つまり脳内麻薬の分泌がさかんになりました。正常思考の不能が決定的になった碓氷は、本人にも思いもよらない、しかし我に返った本人の記憶にはっきりと焼き付けられる大演説をしてしまいました。以下の文章は完璧に当時の演説を筆録したものではありませんが、事件から数週間の経った今、改めて記すことに価値があると信じて記します。 



僕はねえ、専修は哲学にしようと思うんですよ。哲学ですよ?史学や文学じゃないんですよ。やっぱり文学部入ったらね、哲学じゃないとね。そこで僕の本質が明らかになるわけですよ。みなさん僕の事どう思ってます?パッとしない、とか思ってるんでしょ、どうせ。そんな常識を覆してやるんですよ、2回生の秋に(専修の決定は2回生中盤)。そしたらみんな僕のことをどう思ってくれると思いますか?だってこれまで全然、話題にも上らなかった腐れ野郎が哲学を専修するんですよ。人気部門だから成績優秀者でないと入れないんじゃないんですか?そうですよ、このときはじめてみんな、僕が遊ばないで勉強してきたっていう事実を目の当たりにするわけですよ。目の当りにしたら次にすることは?そりゃ尊敬でしょ。リスペクトでしょ。


あっそうそう、僕クラス会ブッチしたんですよ。ホントはただのダブルブッキングだったんだけど、誰も信じないしもうブッチでいいよ。ダブってなかったとして行きたくなかったし。でも専修が決まったら僕がクラス会を開いてやりますよ。そこら辺の飲み放題と安い料理しかない居酒屋じゃなくてね…湯葉湯葉だよ。みんなに湯葉を奢ってあげるの。この前ネットで調べたけど、本格的な店だと湯葉会席が梅でも4500円。40人のクラスで18万円?余裕でしょ。バイトしたら半年で稼げるじゃん。え、みんなが湯葉食べたいわけじゃないって?いいよ、そういう人興味ないですよ。湯葉も美味しく食べれないなんて、何のために京都来たの?(笑)


これでお膳立て完璧ですね。湯葉を奢ってくれるなんてこの人素敵…今まで認知もしなかったけど…ってなるじゃないですか。そこで女性の皆さんは僕に注目します。そして聞いてくるわけですよ。「碓氷くんは、専修何にした?」


「哲学だよ」


もうイチコロですね。「素敵!」ってなるんですよ。「この人は湯葉を奢ってくれるくらいブルジョアで、それでいて高収入の就職が期待されるわけではない哲学の道を進むのね!なんて素敵なジェントルマン!」これで惚れない女性の皆さんなんていないでしょう!


なんで皆さん笑ってるんですか。僕は本気で言ってるんですよ。今は蛹なんですよ。苦境に耐えるから春には花を咲かせるんですよ。僕はその期間が大学入学してから1年半なんです。だから今は皆さん僕の魅力に気づかない。蛹を見てキレイとかいうの、ファーブルくらいじゃないですか?まあファーブルみたいな素晴らしい審美眼を持った素敵な人がいたら御の字ですけど、まあそうもいきませんからね。蝶になった俺を見ろ!って感じで。


だからなんで笑うんですか。そんな人いないって?そんなうまくいかない?2回生じゃもう遅い?じゃあどうしろっていうんですか。こんな顔もパッとしないし、流行りのものとかわかんないし、……僕から専修とか湯葉とか取ったら、何が残るんですか?専修で決めるような人はいない?ご飯奢ったらつけこまれる?わかってますよ、そんなこと。湯葉なんて奢ったところで僕はただの金づるにしかなりませんよ。お金でできた交友関係ですよ。コナンにもそういう話ありましたね。虚しすぎますね。でも数人くらいは僕の本質を見抜いてくれないんですかね?湯葉は段階にしか過ぎないつもりですよ。別に僕だってご飯奢ってモテようとか、そんな浅はかでばかげたことしないですよ。そんな風に見える、短絡的な人とは付き合いたくないんですよ。え?そういう排斥的な性格がよくない?そんなの、どうもできないでしょう。性格変えて友達ができるって、性格変えるのが一番難しいんでしょうが。


わかりましたよ。もう僕だめですよ。別に僕の事友達として好きにならなくてもいいですよ。保証とかできないし。情けもいらないですよ。変なこと喚いたの僕ですし。ただね、わかってほしいのは、この飲み会が終わっていくらか経って、碓氷っていう僕の名前は完璧忘れ去ったとしても、何かの拍子に「あ、そういえばあの時変なこと言ってる人がいたなあ」とか思い出してくれればそれで充分満足なんですよ……



この一世一代、キング牧師や「独裁者」のチャップリンに並ぶ大演説の反応は予想以上には大きいものでしたが、そのほとんどが肯定的とは言えませんでした。「自虐的すぎる」「もっと自分に自信を持ったほうがいい」…しかし碓氷は悲しい男なので一度自分をほめると完全にうぬぼれてしまうのです。碓氷の大学生活に光が差すことを祈願しつつ、この筆録と付随する文章を締めくくることとします。合掌。