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大学ビラ物語…碓氷的サークル観2016

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新入生が大学構内を歩いていればとかくビラを押し付けられるもので、私は個人の情報処理能力を遥かに凌駕するビラを抱えて途方に暮れていた。
―――森見登美彦四畳半神話大系』(角川文庫) 

碓氷はスルースキルに秀でている自負があったから華麗にビラの押し売りを捌ける自身があったけれど、どうやらビラを配る上回生達は相手が社交的でも排他的でも新入生でなくともビラを撒く対象にしているようで、碓氷も見事にビラの間にビラを挟まれあっという間に身動きが取れなくなってしまった。ちなみに『四畳半神話大系』の主人公は3回生の時点で友人が一人と恋人が一人しかいないという壊滅的な交友関係であるが(恋人がいるなら構わない気もする)、碓氷もそのような状況である。あと碓氷には恋人はいない。

しかしよく考えたらおかしい。かねてより親の多大なる愛を受け止めるために肥えた体を兼ね備えた碓氷に一体なぜ体育会系はビラを配るのだろうか?加えて碓氷は友人とはぐれたため一人で大学構内を歩いていたし、終始スマートフォンを弄っていたのだから、外見的にもコミュニケーション障害の鱗片が伺える筈である。こんな奴が来てもどうしようもないはずであろう。というかもしタダ飯をタカりに来られたら甚だしい損害が出ること必至であろう。それに予めの選別をすればそもそものビラの印刷量の削減につながりエコノミカルにもエンバイオメンタルにも良い結果しかもたらさない。あと碓氷も体育会系のオーラを感じて不快な気分になることもないであろう。言わずもがなこれはWin-Winの関係が成立する。

というか、そもそもせいぜいA4両面に収めなければならない情報量とタダ飯ありきの新歓イベントだけで入会する新入生ってどうなのだろう?それが中々アカデミックだったりマニアックだったらいざ知らず、もはや数の暴力、人海戦術としか言えないような集団も碓氷は確認している。サイケデリック林家ペー師匠のようなTシャツに身を包んだ没個性的な集団のことである。

彼らがサークル(部活)の質を高めるためには、別に「初心者お断り」みたいな排斥主義に走らなくてもいいから、せめて「絶対に入る気のない人」を見極める努力くらいした方がいいと思う。ビラを配り、自転車であろうと人の動線を止めて瑣末な宣伝をするよりも、誘蛾灯のように自発的にカモ(新入生)を惹きつけたほうがいいと思う。というか前者の手段で入る人は後者でも入る。 

これだけ高度な情報化の時代と謳われておきながら、驚くべきは高校よりも退化した大学のメディア事情である。よく考えたら、高校でコピー・プリントといえばその殆どが授業のプリントだった(時に明らかに縮刷すべき量の情報を等倍で刷ってくる教師がいたものである)。高校にも文化祭かそれに準ずるものはあったが(碓氷の学校はどちらかと言えば小学校の学芸会だった)大抵指定の掲示場所に一、二枚を張り出す程度だった。高校では紙の印刷に制約がかかってくるのである。ところが大学はある程度金銭的に余裕が出てくるため勢いに任せて印刷できてしまうのである。

大学といえば学生運動であるが、碓氷の大学は六七十年代を引きずったような時代錯誤の団体が幅を効かせている。政治がどうのこうの言う前にまずは大学の紙事情に何か物申したほうが建設的だと思う。