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檸檬はもう爆弾じゃなくなった

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大学の授業も控えた本日、碓氷は鴨川の河川敷をふらふらと歩きながら京阪三条ブックオフで何冊か本を買い、三条通を歩いて河原町通に出た。

本日のメインは丸善

碓氷は知らなかったのだけれど京都の丸善は一度閉店していたらしい。今の地に再開店したのはつい数年前のこと、実に十年越しの再開だったわけである。しかし碓氷の目には丸善の入る京都BALは(奇しくもBAL自体も閉店を経た店) 過剰なモダンさを排除した綺麗な建物であり「京都の丸善はずっと前からここで営業していた」と言われても疑わないくらいには違和感のない居場所に丸善は座っていたのである。

で、京都丸善

 京都丸善といえば檸檬である。

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思えば高校時代、現代文の教科書に「檸檬」は載っていた。
碓氷は本は読まないが小説を読むのは好きな方だろうという自負があったし、しかも同じ教科書(桐原です)に載っている「こゝろ」と「舞姫」は普通に読んでて楽しかったし、よーし読んでやるか☆みたいなノリで読んだのだが。

碓氷は書き出しで躓いた。

「えたいの知れない不吉な魂が…」なんて書き出しであるが、碓氷にとって「檸檬」自体既に得体のしれない存在であったのである。

この挫折を味わった時、碓氷は「現代文とか言っといてなんで戦前の文学が出るんだ、重松清とかでいいだろ」とか言ってやり場のない(自己責任?)怒りを撒き散らしていた(重松清の名が出たのはお気に入りだったから)。普通に考えればこゝろ舞姫も戦前なのに、実に滅茶苦茶なクレームである。

こうして暫くは漢字も書けない「檸檬」の二文字を見るだけで己の敗北を思い出し悪寒が走り鳥肌が立ち嘔吐してしまう(若干の誇張があります)ような日々が続いた。

ところが学年が進み授業で「檸檬」と否応無く対面せざるを得なくなった時、碓氷は予想外にもすんなりとこの小説を受け入れていたのだ。それは碓氷自身が「えたいの知れない不吉な魂」に圧えつけられていたからであろう。

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碓氷はこれからの授業に備えて語学書が欲しかったから丸善の地下二階にエスカレーターで向かった。

岡山の丸善にあったカフェと喫茶室(あえてこの2つは区別したい)はいつの間にどちらもなくなってしまっていたが、京都の丸善にはカフェがあった。別にカフェがあるからどうとかではなくて、碓氷ももしかしたら何も気づかずに「やっぱり岡山じゃ人来ないからカフェ潰れたんだなあ」くらいに地方都市の衰退を憂いている程度だっただろう。

そのカフェに驚きの文言が記されていた。

檸檬販売中

何かの間違いではないかとも思ったが、確かにそこには「檸檬販売中」の文字があった。

カフェでは檸檬スイーツを販売していた。

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梶井基次郎(というか文中では「私」だし、「檸檬」の「私」が梶井基次郎でない可能性だってあるのだが敢えて「私」=「梶井基次郎」にする)は丸善の一角で画集を滅茶苦茶に積み重ねて、最後に檸檬を乗せそれを爆弾に見立て丸善が吹き飛ぶことを想像する。

「檸檬」を表面的に読んだとしても当時の梶井基次郎丸善のことを憧れと鬱屈の対象にしていたことくらいわかる。憧れが褪せて退屈な存在になっていくことも、「檸檬」で登場する南京玉や花火のように一時的な退屈の凌ぎを求めていたことも碓氷は身分不相応ながら自分を投影して理解していた。

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もう大体理解されたと思われるが、梶井基次郎丸善を吹き飛ばすつもりで檸檬を置きに来たのである。

その丸善で檸檬を販売するとはどういうことか。まして開店当初はテーブルに「檸檬」を平積みで敷き詰め、「レモン置きコーナー」まで設置していたというではないか。

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例えば碓氷がこのことを知って、実際に「レモンコーナー」に檸檬を置いたとして、碓氷は梶井基次郎の心情に浸れるというものだろうか。それどころか一ミリも理解できていないだろう。檸檬を置くという行為が、例えば神社で賽銭を払ったりするように「行ったということを実感する」手段にしかなっていないからである。

碓氷は人のブログを見ないけれど、もしこの電子の海の何処かに「京都の丸善で檸檬おいてきた!梶井基次郎の気分を味わいました☆」みたいな日記があるとすれば私は即座に異を唱えたい。

丸善が檸檬コーナを設置し、檸檬スイーツを販売し、店舗紹介に「梶井基次郎の『檸檬』の舞台の…」と書かれた時点で、丸善は檸檬を受け入れている。別に丸善を非難するのではない。人を寄せるためには必要かもしれない。観光客が巡礼の感覚で檸檬を適当に置いていくのも構わないだろう。ただ、檸檬を受け入れた丸善はもう檸檬で吹き飛ぶことはないのである。檸檬はもはや爆弾としての価値を失い、只の観光アイテムの一つに成り下がってしまったのだ。

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丸善や観光客はこの事態に衝撃を受けないだろう。寧ろ「檸檬」に恩恵を受けている側だからである。問題はもし今の京都に梶井基次郎のような「えたいの知れない不吉な魂」に圧えつけられている若者がいたとしたら、彼らはどこを吹き飛ばせばよいのだろう?もし丸善が檸檬を受け入れていないとしたら、彼らは丸善を鬱屈の対象とみなし、檸檬を置いて丸善を吹き飛ばすことで、所詮梶井基次郎の二番煎じでしかないとしても丸善を窮地に追い込めたのである。ところが今はもうそうやって丸善を困らせることはできない。丸善は今や喜々として檸檬を迎えるのである。そして「檸檬」での行為は決して通り魔のような攻撃的な破壊衝動でないことも確かである。だとしたら若者たちはどこに「檸檬」を置けばよいのだろう?「丸善」を見つけることのできない若者たちは、その憧れと憂鬱のやり場を求め、「檸檬」を手に持って彷徨し続けるしかないのであろうか…?